AEDの民間設置が始めるまでの出来事を解説|AED解放前夜

この記事では2004年のAED解放初年度を1つの区切りとして海外と日本におけるAEDについての動きをまとめています。

最新の救命ではAEDを用いた救命が推奨されておりますが、AEDの使用が提唱されてから今日のように、使用が解禁されるまでに、検証や法整備など様々な課題がありました。

特に、1992年から2003年までに起きたAED解放に影響を与えた事例、政策・条例や報道を中心に時系列で解説していきます。

〜2004年 AED解放前夜

1992年 国際蘇生連絡協議会の設立

国際的な蘇生協議会ネットワーク

国際的な蘇生協議会ネットワーク

今から25年前、世界各国の救命蘇生協議会が各自で活動していることを統合しようと、国際蘇生連絡委員会、通称イルコアがイギリスで設立されました。(ILCOR International Liaison Committee On Resuscitation)

国際蘇生連絡委員会の活動内容は世界各地にある救命に関する事例を検証し、根拠のある蘇生手段のみを採用し、国際的なスタンダードをつくることです。

この時代、救命・救急蘇生の手順はアメリカ心臓協会(AHA)が作成したガイドラインに沿って、ヨーロッパ各国がそれぞれの実情に合わせた手順を作成していましたが、世界基準と言われるものはありませんでした。こうした現状を解消し、世界共通の『医学的根拠に基づいた救急蘇生法』をつくろうと、この年を節目に、世界標準化を目指した統合がはじめりました。

また、この当時はまだ一般市民が使えるAEDは設置されておらず、人工呼吸や心臓マッサージを中心とした内容でした。

 

1997年 飛行機内でのAED救命事例

飛行機でのAED使用

飛行機でのAED使用

この年、海外の航空機内でAEDの救命事例がありました。この発表をうけ、国内外の航空会社が揃ってAED設置を標準化するか検討し始めます

この時から海外航空会社ではAEDの搭載が始まりましたが、当時の日本ではAEDの認知度が低く、航空機への設置は実現されませんでした。

また、今と違い、当時は医師以外の者のAED使用が認められなかった時代でした。けれど、この救命事例をきっかけに海外を中心にAEDが企業の安全管理、安全配慮で注目を集めるようになってきました。

 

2000年 蘇生ガイドラインの誕生とクリントンのラジオ演説

クリントン大統領ラジオ演説

クリントン大統領ラジオ演説

2000年、国際蘇生連絡委員会がアメリカ心臓協会と共同で心肺蘇生法の世界標準、蘇生ガイドライン2000を発表しました。

この時初めて、心臓突然死の原因は心臓のふるえ(心室細動)であり、その唯一の処置手段は早期除細動であると明記され、これによりAEDの必要性が明確になりました。

当時、アメリカでは心臓突然死の件数は年間20万件以上発生し、社会問題化していました。こうした背景から、この年の5月、米国クリントン大統領がラジオ演説(クリントン宣言)でAEDをアメリカ全土に普及させる方針を示しました。

演説では「AEDを普及させることで年間2万人もの命を救うことができるため、全ての連邦政府ビルおよび民間航空旅客機にAEDを設置することが必要であり、政府は公共の場へのAEDの設置を積極的に援助する」と述べ、AEDの一般市民の使用と普及が始まります。

そして10月、アメリカで心停止発生時の緊急医療に関する法律(Cardiac Arrest Survival Act;CASA)と地方における救命装置の利用に関する法律が成立し、AEDの設置とAEDの一般市民による使用が広まっていきます。

日本国内でもこの公表を契機に、心肺蘇生法の国際統一化が始まっていきます。

 

2001年 アメリカ航空局の設置義務化とJAL国際線初のAED設置

国際線AEDの設置義務化

国際線AEDの設置義務化

アメリカ連邦航空局がアメリカ籍の航空機へのAED設置を今後3年で義務化すると決定しました。これはAEDを搭載していない旅客機はアメリカの空港を利用できないことを意味します。

また、国内では高円宮殿下のスポーツ時の心臓突然死。次いで福知山、名古屋でのマラソンにて3人の心臓突然死と突然の不幸が重なりました。

これらのニュースは話題となり、スポーツ時の心臓突然死の原因が心室細動であり、その対策にAEDの解放が必要であるとの社会的認識が高まっていった時期と言えます。

この時期、日本国内では医師法17条によりAEDは医師行為にあたり、一般人は使えなかったため、AEDの普及についての本格的な検討が始まります。

そして、12月、アメリカでのAEDの航空機内設置義務化に伴い、国内でも医師等による速やかな対応を得ることが困難な場合においては、客室乗務員によるAED使用が緊急避難行為として許可され、JALのアメリカ線で国内初のAEDが設置されました。

 

2002年 アメリカのAED政策と日本蘇生協議会の設立

AEDの設置開始

AEDの設置開始

アメリカ・ブッシュ大統領がAEDのさらなる普及のため年間2500万ドルの予算を投じる決定をしました。アメリカでは、この時より家庭用AEDが認められ、下記の施設への重点的設置を進める方針を固めました。

このAEDの設置推奨リストは現在の日本におけるAED設置が推奨される基準にもなってます。

  • 空港
  • 市の公共施設
  • ショッピングセンター
  • スポーツ施設
  • 会社・オフィス
  • ゴルフ場
  • 保護施設
  • フェリー
  • 大きな駅
  • ヘルスクラブ
  • コミュニティセンター
  • 老健施設

 

2002年 JRC日本蘇生協議会の発足

日本蘇生協議会の設立

日本蘇生協議会の設立

国際的なAED解放の流れをうけ、第1回日本蘇生協議会(JRC)委員会が結成され、正式に日本の蘇生協議会が設立されました。これより、日本蘇生協議会は蘇生関連の研究会やガイドライン作成委員会に参加するなど積極的に救急蘇生の国際標準化にアジアのリーダーとして活動をはじめました。

その後、日本蘇生協議会は2006年、2011年、2016年と5年おきに日本に適した最新の救急蘇生法を公表し、蘇生教育にも大きな貢献をしております。

アジア蘇生協議会と加盟組織

アジア蘇生協議会と加盟組織

 

2003年 日本AEDあり方検討会

AEDの設置

AEDの設置

前年2002年より日本国内では三田村先生、笠貫先生を中心に「自動体外式除細動器(AED)検討委員会」が設置され、日本における非医師へのAED導入実施に向けた検討が始まっていました。

主な焦点はAEDを用いた救命が医師法に觝触するかどうかです。

様々な検証の末、『一般市民が救命の現場に立ち会うことは人生に1度あるかないかの頻度であり、AEDを用いた救命は反復、継続性がないため、医師法17条には觝触しない』とされました。

そして、6月に募集された構造改革特区の第3次提案において特区を設置してのAEDの一部使用解禁を政府に提案。

その後、2004年中に全国で実施する方向で調整が始まり、11月には厚労省で座長島崎先生を中心に「第1回非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方検討会」を発足し、次の4つの条件を満たす場合に、一般人がAEDを使用しても医師法違反にならないと方針を明らかにします。

  • 医師を探す努力をしても見つからない
  • 使用者が対象者の意識、呼吸がないことを確認
  • 使用者がAEDの訓練を受けている
  • 使用されるAEDが薬事法の承認を得ている

また、特別区を設置してのAEDの限定的な使用から、全国的にAEDを使えるようにすると政府が通達を出すことで、全国的な解放になりました。

 

まとめ

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。2004年のAED解放までの流れをまとめました。
90年代先進国で急増していた心臓突然死を減らすため、2000年から始まった救急蘇生の国際標準化の流れとその後のアメリカでのAED政策が世界的なAED解放に大きく影響しています。

日本では当時、AEDの使用が『医師法17条』に觝触するかが大きな課題となっていましたが、『日本AEDあり方検討会』や多くの医師の協力によってわずか2年ほどでAEDの解放に至りました。
一人でも多くのいのちを守るため、救命の常識が大きく変わった時代です。

続き AED解放から現在までの出来事|AED普及期

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